父の日 父のこと
映画「そして父になる」が、カンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞しました。 福山雅治さんはじめ、好きな俳優陣が総出演なので、公開をとても楽しみにしています。 この映画は、子供の取り違えによる、父親の苦悩や葛藤を描いたものだそうですね。 ・・それを聞いて、もう何年も前に亡くなった私自身の父のことを思いました。
年がわかってしまいますが、私の子供のころは出生時に血液型をチェックするということがありませんでした。そこで、私が小学校3,4年生のころ、学校で、集団で血液型をチェックするということが行われました。 みんな、順に耳たぶをプチっと切ってもらって採血。 その後、白い絆創膏を片耳だけ貼ってもらうので、「イヤリング!イヤリング!」と男女ともにはやし合ったのを思い出します。
数日後、結果をそれぞれ知らされるのですが、私はO型。 家に帰って、早速、母に報告して 「お父さんと、お母さんは?」 と聞くと、
「お父さんはB型で、お母さんはA型よ」
振り返るとばかばかしいのですが、「エッ?B型とA型から、O型の私って?生まれるの?」・・ととても不安になりました。 ただ、母があっさり何事来なかったように話したので、問い返すこともできず。 でももし、ちがったら・・とずいぶん不安で、しばらくは、結構深刻に悩んでいた覚えがあります。 けれども、それは子供のこと、何日か後にはすっかり忘れてのんきに毎日を過ごしていました。
そして、高校生になった頃、学校で習う 「メンデルの法則」。 すでに忘れていたとはいえ、小学校時代の悩みが晴れて、母に、あの当時 短い期間とはいえ、とても悩んだのよ・・と話すと。
「それ、本当?」
と、意外な反応。 こちらの方が、ちょっと、びっくりですよね。
よくよく聞くと、当時、産院での子供の取り違えが、社会問題になって、血液型の知識のなかった母は、どうしたらいいかと思って、父に相談したという・・。 まだ、見てはいませんが、映画そのまま? そして、 その時の父の答えが、
「いいじゃないか、今まで自分の子と思って育てたんだから。」
あっさりしたものだったとか。 母も、もしもの騒動を考えると、誰にも言えず・・。その日まで、今思うと6~7年間、なんとなくすっきりしない気持ちだったようです。想像するに、母には少しは葛藤があったのでは・・というふしがあるのですが。 父親の意見が絶対だった時代、お父さんがそういうのだったら・・と納得したと話していました。
「どう思っていたの?」と今、もし会えたら、聞きたい気がします。でも、まだ、なんとなく男尊女卑の気配が残る時代に、小さな子供の私にむかって、「貴方が生まれてくれたから、自分は父親になれた。ありがとう。」 なんて、真顔で言うような人だったので、きっと、何も言わないだろうな、とういう気がします。 育たないかもしれないと言われるほど、体の弱かった父。 綺麗なものが好きで、荒々しいものは、はなから、かかわろうとしなかった線の細い人でした。それでいて、エッと思うほど、物事にとらわれない大らかな心の持ち主で。 そんな父とは、いっぱい素敵な思い出があって、いまだに、誰からもファザーコンプレックスだと言われ続けています。
もう、とうに亡くなってしまった父へ、のびのびと安心して暮らせる子供時代をプレゼントしてくれて、本当にありがとう。 どんな時も、きっと私を応援しつづけてくれているという安心感。 この年になっても、本当に幸せに思っています。